人間は「ボー」っとする時間が医学的にも必要

今日もまた幸せな一日が終わりました。

ところで、こういう人っていませんか?

「幸せ過ぎて、怖い! 幸せ過ぎてつまらない!」

意味わかりませんよね。笑

 

恐らくこうでしょう。

幸せが怖いんじゃなくて、未来が怖いんでしょうね。

幸せが飽きるんじゃなくて、今日やったことの意味を考えるから飽きるんでしょうね。

 

幸せな感情って、どれだけ味わっても飽きませんからね。

飽きっぽい僕でも。

 

だから、幸せな日々を毎日過ごせば、それでいいんじゃないの?

って自分に言い聞かせている自分がいます。

 

その背景には、今日は何か昨日と違うことやったかなあ?

今日は何か新しいことやったかなあ?

と考えてしまう自分がいるからです。

 

昔、友達で一日中「ボー」っとしたいといってた人がいたんですが。

本気で言ってるのか、冗談で言ってるのか真顔で聞いたら、本気だと言うので恐れ入った次第。苦笑

いやいやいやいや、無理でしょう。

って言ったら、そいつは「オレはできる!」って言うんですよね。

 

どっかの精神科医がYoutubeで言ってたんですが、ボーっとすると脳内が自動的に整理されて、精神、思考、記憶などがクリアになるそうです。

なので、ボーっとすることは必要なのです。

 

でも、ある意味で、「ボーっとしたい」という欲求がある人ってのは、脳内がクリアじゃないのかな? と思ったりもします。

自分て、ホント、ボーっとする時が無いんですよね。

したいとも思わない。

ていうか、ボーっとしてたら寝ちゃいますね。笑

でも恐らく、人間本来の生理的欲求なのかもしれません。

 

ま、これを意識的にやることを瞑想、または最近ではマインドフルネスなどと呼んだりするんでしょうけどね。

アップルウォッチが毎晩「マインドフルネスの時間です!」って親切に呼びかけてくれるんですが。

毎晩ガン無視です。笑

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